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- 2010/10/13 セミナー「人材育成の注意点」を実施しました
- 2010/09/16 なんでもかんでもマインドマップで解決
- 2010/08/03 研修講師基礎講座に参加しています
- 2010/06/03 虐待行為を行動分析の観点から考える
- 2010/04/26 ツイッターをし始め、ブログが遠ざかってしまいました。。
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2010-10-13(Wed)
セミナー「人材育成の注意点」を実施しました
今日は四街道市総合福祉センターにてサービス提供責任者の方を対象としたセミナーに講師として参りました。
テーマは「人材育成の注意点:リーダーのパワーと行動随伴性」でした。参加される皆さんが普段抱えていらっしゃる悩みを解く手掛かりを少しでもご提供できればと思いながら、進めて参りました。
90分という短い時間でしたが、参加者の皆さんが一生懸命に聴いて下さる姿勢に、感動しながらお話を進めてまいりました。
今後も行動分析は産業カウンセラーの士業研究会の場でより深めていきたいとおもっています。参加された皆さん、ありがとうございました。
今日は四街道市総合福祉センターにてサービス提供責任者の方を対象としたセミナーに講師として参りました。
テーマは「人材育成の注意点:リーダーのパワーと行動随伴性」でした。参加される皆さんが普段抱えていらっしゃる悩みを解く手掛かりを少しでもご提供できればと思いながら、進めて参りました。
90分という短い時間でしたが、参加者の皆さんが一生懸命に聴いて下さる姿勢に、感動しながらお話を進めてまいりました。
今後も行動分析は産業カウンセラーの士業研究会の場でより深めていきたいとおもっています。参加された皆さん、ありがとうございました。
2010-09-16(Thu)
なんでもかんでもマインドマップで解決
焦り・不安・怒り・悲しみ・・・
誰しもこうした感情に苛まれて(さいなまれて)、落ち着かず、ストレスをたくさんため込んでしまうことがあると思います。
私は先ほどまで、とにかく「焦り」がものすごくありました。
ありましたというのは、ある程度、自分自身でこの気持ちを緩和させることができたためです。
認知行動療法というものがありますが、マインドマップはそれほど難しいものではありません。
マインドマップとは真ん中に一つのキーワード(絵の場合もあるようですが)を書きます。
そこから派生または連想される言葉を最初に書いたキーワードと結びます。
さらに派生した言葉からさらに連想される言葉を書いて、同じように結びます。
こうしてつなげていくと、様々な要素が浮かび上がってきます。
これと似た方法としてブレインストーミングがありますが、ほぼ同じようなものです。ただ、ブレインストーミングが全くのルール無し、ただひたすら浮かんでくる言葉を書き続けることに対し、マインドマップでは次々に書いた言葉と関連する言葉を書いてはその都度つなげていくという点で異なります。
このようにしてマインドマップを作っていくと、自分がなぜ「焦り」を強く感じているかを示すキーワードが浮かび上がってきます。そんなキーワードが見つかったら、今度はそのキーワードに対し、肯定的なメッセージを結びつけます。ここの部分は認知行動療法に似ているかもしれません。
最終的に、その焦りの要素をポジティブに考え直すことができるようになれば、最初に感じていた焦りを若干でも緩和することができるというわけです。
実際、私はこれによって若干ですが焦りを感じず、さらに仕事がたまっているにも関わらず、このことを滞っていたブログで書いておこうと思っています。
焦りや不安や悩みや怒りなどの感情の整理がつかなくなったときは、こういった方法でのセルフケアも行ってみてはいかがでしょうか。
焦り・不安・怒り・悲しみ・・・
誰しもこうした感情に苛まれて(さいなまれて)、落ち着かず、ストレスをたくさんため込んでしまうことがあると思います。
私は先ほどまで、とにかく「焦り」がものすごくありました。
ありましたというのは、ある程度、自分自身でこの気持ちを緩和させることができたためです。
認知行動療法というものがありますが、マインドマップはそれほど難しいものではありません。
マインドマップとは真ん中に一つのキーワード(絵の場合もあるようですが)を書きます。
そこから派生または連想される言葉を最初に書いたキーワードと結びます。
さらに派生した言葉からさらに連想される言葉を書いて、同じように結びます。
こうしてつなげていくと、様々な要素が浮かび上がってきます。
これと似た方法としてブレインストーミングがありますが、ほぼ同じようなものです。ただ、ブレインストーミングが全くのルール無し、ただひたすら浮かんでくる言葉を書き続けることに対し、マインドマップでは次々に書いた言葉と関連する言葉を書いてはその都度つなげていくという点で異なります。
このようにしてマインドマップを作っていくと、自分がなぜ「焦り」を強く感じているかを示すキーワードが浮かび上がってきます。そんなキーワードが見つかったら、今度はそのキーワードに対し、肯定的なメッセージを結びつけます。ここの部分は認知行動療法に似ているかもしれません。
最終的に、その焦りの要素をポジティブに考え直すことができるようになれば、最初に感じていた焦りを若干でも緩和することができるというわけです。
実際、私はこれによって若干ですが焦りを感じず、さらに仕事がたまっているにも関わらず、このことを滞っていたブログで書いておこうと思っています。
焦りや不安や悩みや怒りなどの感情の整理がつかなくなったときは、こういった方法でのセルフケアも行ってみてはいかがでしょうか。
2010-08-03(Tue)
研修講師基礎講座に参加しています
どの資格も、本当に大切なのは取得してからだとは言いますが、産業カウンセラーという資格にもこれは当てはまります。
産業カウンセラーとは社団法人日本産業カウンセラー協会が認定する資格のことです。
国家資格ではありませんが、半年以上にわたる養成講座にて心理学や傾聴技法、カウンセリングについて学び、体験し、試験に合格することにより取得することができます。
そんな産業カウンセラーについては、様々な方が様々な切り口から評価されています。
傾聴を学ぶ場所としてこれ以上の場所はないという意見や、実際に取得しても活かしようがないという意見や、養成講座で仲間と出会えたことが非常によかったという意見もあります。
私は、傾聴を学ぶ場所としてよいという意見には賛成です。
次の、実際に取得しても活かしようがないという意見には賛成できません。活かす方法はあくまで自分で見つけるしかないからです。つまりカウンセラーとして開業できるかどうかは自分次第であって、他のだれかがクライエントをあっせんしてくれたり、開業までのプロセスを指導してくれるような方はいません。
最後の仲間と出会えたことが非常によかったという意見にも賛成です。
で、私の意見は「能力開発に役に立つ」という意味合いから非常に満足しています。
というのも、産業カウンセラーの資格を取得をとると、様々なセミナーへ参加する道が開かれます。もちろん、強制ではないので参加するしないは自由ですし、参加費用もかかります。
ですが、どこかのセミナーを単発で受け続けることよりはかなり効率的です。
また、そのセミナーの都度、新たな仲間とめぐり合うことができ、それがまた自らを振り返り、自己研鑽につなげる機会になるのです。
そんなわけで、参加している研修講師基礎講座ですが、この講座はいま参加して2回目までが終了しましたが、大変満足しています。
セミナー講師とはという心構えからプレゼンの仕方について学び、練習もしました。
言ってみれば、プレゼンテーション力を向上させることになっています。普段、介護労働安定センターの雇用管理責任者講習で1時間の時間枠を頂いて行っているケーススタディ実施後、自分だけで反省点を挙げていますが、それだけでは決して見つけることができない自分の弱点が次々に見つかる感覚は、非常に爽快でさえあります。
そんなセミナーも次回で3回目。次回はアイスブレーキングについての1日。
今からとても楽しみです。
twitter id : craigmore_tea
どの資格も、本当に大切なのは取得してからだとは言いますが、産業カウンセラーという資格にもこれは当てはまります。
産業カウンセラーとは社団法人日本産業カウンセラー協会が認定する資格のことです。
国家資格ではありませんが、半年以上にわたる養成講座にて心理学や傾聴技法、カウンセリングについて学び、体験し、試験に合格することにより取得することができます。
そんな産業カウンセラーについては、様々な方が様々な切り口から評価されています。
傾聴を学ぶ場所としてこれ以上の場所はないという意見や、実際に取得しても活かしようがないという意見や、養成講座で仲間と出会えたことが非常によかったという意見もあります。
私は、傾聴を学ぶ場所としてよいという意見には賛成です。
次の、実際に取得しても活かしようがないという意見には賛成できません。活かす方法はあくまで自分で見つけるしかないからです。つまりカウンセラーとして開業できるかどうかは自分次第であって、他のだれかがクライエントをあっせんしてくれたり、開業までのプロセスを指導してくれるような方はいません。
最後の仲間と出会えたことが非常によかったという意見にも賛成です。
で、私の意見は「能力開発に役に立つ」という意味合いから非常に満足しています。
というのも、産業カウンセラーの資格を取得をとると、様々なセミナーへ参加する道が開かれます。もちろん、強制ではないので参加するしないは自由ですし、参加費用もかかります。
ですが、どこかのセミナーを単発で受け続けることよりはかなり効率的です。
また、そのセミナーの都度、新たな仲間とめぐり合うことができ、それがまた自らを振り返り、自己研鑽につなげる機会になるのです。
そんなわけで、参加している研修講師基礎講座ですが、この講座はいま参加して2回目までが終了しましたが、大変満足しています。
セミナー講師とはという心構えからプレゼンの仕方について学び、練習もしました。
言ってみれば、プレゼンテーション力を向上させることになっています。普段、介護労働安定センターの雇用管理責任者講習で1時間の時間枠を頂いて行っているケーススタディ実施後、自分だけで反省点を挙げていますが、それだけでは決して見つけることができない自分の弱点が次々に見つかる感覚は、非常に爽快でさえあります。
そんなセミナーも次回で3回目。次回はアイスブレーキングについての1日。
今からとても楽しみです。
twitter id : craigmore_tea
2010-06-03(Thu)
虐待行為を行動分析の観点から考える
虐待行為に及んでしまった者の心理状態や環境に潜む原因を解明しなければならない。
虐待は悪である。万人にとって殺人が悪で、強制労働が悪であることと直感的に変わりない。
つまり、誰も虐待行為を正当化することはできない。
しかし、虐待行為は今日もどこかで繰り返されていることだろう。それはなぜか。
だれしも、だれかを笑顔にしたいと思うはずである。
しかし何らかの理由で、だれかの笑顔を奪う行為をしなければならなくなるときがある。例えばそれは、だれかを叱るときがそうだろう。
他人を叱る、そこには何らかの理由・動機があるはずである。「こうあってはならない、ああなるべきだ。」「なぜこのようにするのだ
、こうしてはならないのだ。」など。つまり、自分の常識・理想とかけ離れた相手の言動を修正するために、人は他人を叱るのである。
私が誰かを叱るとどうなるだろう。叱られた相手は「しょぼん」とするだろう。叱った私もあまり良い気分ではないはずだ。ひょっと
したら頭に血が上ってくらくらするかもしれない。叱ったことに費やしたエネルギーが莫大で疲れを感じるかもしれない。
叱られた相手は、しょぼんとするだけだろうか。いやちがう。叱られた相手は、この行動をすると私が怒るということを学ぶ。仮に私がその人の上司であれば、同じ行動をしないように気をつけるだろう。叱られたくないだけでなく、給与に響くことを恐れるから。
叱る。これは、いわゆる負の弱化である。負の弱化の特徴として、効果が持続しないことが挙げられる。叱られる相手が「慣れて」
しまうと、叱られることに「マンネリ」を感じる。すると、少々叱られたぐらいでは反省をしなくなる。
そこでもう一つ、負の弱化の特徴として、処罰の激化が起こる。叱る私は、叱られた相手の反省しない態度や修正されない言動にさらに怒り、怒鳴り散らし、感情のコントロールが利かなくなることがあるかもしれない。それでも、まだ、相手の行動が変わらなかったら・・・。
叱られた相手が赤ん坊だったらどうだろう。いくら叱っても、赤ん坊の泣き声はやまず、オムツを交換する途中にまたウンチをしてしまい、大切にしていた高級ポットをあやまって割ってしまう、そんな行為が繰り返されるかもしれない。
叱られた相手が幼児だったらどうだろう。いくら叱っても、友達の物を引っ張って友達を泣かしたり、新築住宅の和室の襖に穴をあけてしまい、これ買ってあれ買ってとぐずるかもしれない。
叱られた相手が老人だったらどうだろう。いくら叱っても、危なっかしくスープの入ったお皿を両手で二つ持ち運ぼうとし、お箸をお茶の入ったコップでじゃばじゃば洗い、甚だしきに至っては、徘徊をしてしまうかもしれない。
「いくら叱っても」行動が修正されないと、負の弱化はより強力になっていく。だから、虐待が起こる。私はそう考えている。
では、どうすればよいか。
「叱られた相手に学習能力が備わっているかを真剣に考える」のである。学習能力が備わっていると思えば、きちんと叱る。学習能力が備わっていない又は失われていれば、相手を金輪際叱ってはいけない。それは、他でもないあなたのためである。
叱る行為は麻薬に近い。叱る行為に囚われてしまうと、相手の良さに気づけなくなる。相手の良さに気付き褒めるのは、最近流行りだが、行動分析からすれば正の強化であることは、誰もが知るところであろう。
QOLの維持向上が大切なことは言うまでもない。しかし、QOLの維持向上の実現を支援する役割を担う者ひとりひとりへのサポートこそ、今、強く求められている。そしてその実現こそが、虐待の予防につながるはずである。つまり、育児従事者や介護従事者に対する心的サポートの充実こそが最も重要であり、解決しなければならない喫緊の課題と言えよう。
虐待行為に及んでしまった者の心理状態や環境に潜む原因を解明しなければならない。
虐待は悪である。万人にとって殺人が悪で、強制労働が悪であることと直感的に変わりない。
つまり、誰も虐待行為を正当化することはできない。
しかし、虐待行為は今日もどこかで繰り返されていることだろう。それはなぜか。
だれしも、だれかを笑顔にしたいと思うはずである。
しかし何らかの理由で、だれかの笑顔を奪う行為をしなければならなくなるときがある。例えばそれは、だれかを叱るときがそうだろう。
他人を叱る、そこには何らかの理由・動機があるはずである。「こうあってはならない、ああなるべきだ。」「なぜこのようにするのだ
、こうしてはならないのだ。」など。つまり、自分の常識・理想とかけ離れた相手の言動を修正するために、人は他人を叱るのである。
私が誰かを叱るとどうなるだろう。叱られた相手は「しょぼん」とするだろう。叱った私もあまり良い気分ではないはずだ。ひょっと
したら頭に血が上ってくらくらするかもしれない。叱ったことに費やしたエネルギーが莫大で疲れを感じるかもしれない。
叱られた相手は、しょぼんとするだけだろうか。いやちがう。叱られた相手は、この行動をすると私が怒るということを学ぶ。仮に私がその人の上司であれば、同じ行動をしないように気をつけるだろう。叱られたくないだけでなく、給与に響くことを恐れるから。
叱る。これは、いわゆる負の弱化である。負の弱化の特徴として、効果が持続しないことが挙げられる。叱られる相手が「慣れて」
しまうと、叱られることに「マンネリ」を感じる。すると、少々叱られたぐらいでは反省をしなくなる。
そこでもう一つ、負の弱化の特徴として、処罰の激化が起こる。叱る私は、叱られた相手の反省しない態度や修正されない言動にさらに怒り、怒鳴り散らし、感情のコントロールが利かなくなることがあるかもしれない。それでも、まだ、相手の行動が変わらなかったら・・・。
叱られた相手が赤ん坊だったらどうだろう。いくら叱っても、赤ん坊の泣き声はやまず、オムツを交換する途中にまたウンチをしてしまい、大切にしていた高級ポットをあやまって割ってしまう、そんな行為が繰り返されるかもしれない。
叱られた相手が幼児だったらどうだろう。いくら叱っても、友達の物を引っ張って友達を泣かしたり、新築住宅の和室の襖に穴をあけてしまい、これ買ってあれ買ってとぐずるかもしれない。
叱られた相手が老人だったらどうだろう。いくら叱っても、危なっかしくスープの入ったお皿を両手で二つ持ち運ぼうとし、お箸をお茶の入ったコップでじゃばじゃば洗い、甚だしきに至っては、徘徊をしてしまうかもしれない。
「いくら叱っても」行動が修正されないと、負の弱化はより強力になっていく。だから、虐待が起こる。私はそう考えている。
では、どうすればよいか。
「叱られた相手に学習能力が備わっているかを真剣に考える」のである。学習能力が備わっていると思えば、きちんと叱る。学習能力が備わっていない又は失われていれば、相手を金輪際叱ってはいけない。それは、他でもないあなたのためである。
叱る行為は麻薬に近い。叱る行為に囚われてしまうと、相手の良さに気づけなくなる。相手の良さに気付き褒めるのは、最近流行りだが、行動分析からすれば正の強化であることは、誰もが知るところであろう。
QOLの維持向上が大切なことは言うまでもない。しかし、QOLの維持向上の実現を支援する役割を担う者ひとりひとりへのサポートこそ、今、強く求められている。そしてその実現こそが、虐待の予防につながるはずである。つまり、育児従事者や介護従事者に対する心的サポートの充実こそが最も重要であり、解決しなければならない喫緊の課題と言えよう。
2010-04-26(Mon)
ツイッターをし始め、ブログが遠ざかってしまいました。。
遅れながらも、ツイッターを始めましたがこの140文字程度の書き込みというものが、なんというか、気兼ねなく行え、大変便利です。
ブログほど多くの方に見ていただけているのかは疑問ですが、それでも、毎日続けるには非常に好都合です。というのも、書き込みにかかる時間はせいぜい1分。ブログが少なくとも5分、長ければ30分、作成のために時間が費やされることと比べると非常に続けやすいです。
まだまだどのように活用していけばよいかは未知数ですが、より多くの情報を提供できるという意味では一つのツールにこだわらず、様々なツールを利用していきたいと思います。
こうやってブログを書いていて思うことは、書きながら、考えがまとまっていっているなということです。ツイッターの場合は、ここまで長い文章を書くことができないため、考えがまとまるといった要素はないでしょう。
その点、ブログを続けることは頭の中を整理整頓するという意味でも有効なのかなと思えます。
これからもどちらも両立させながら進めていきます。
遅れながらも、ツイッターを始めましたがこの140文字程度の書き込みというものが、なんというか、気兼ねなく行え、大変便利です。
ブログほど多くの方に見ていただけているのかは疑問ですが、それでも、毎日続けるには非常に好都合です。というのも、書き込みにかかる時間はせいぜい1分。ブログが少なくとも5分、長ければ30分、作成のために時間が費やされることと比べると非常に続けやすいです。
まだまだどのように活用していけばよいかは未知数ですが、より多くの情報を提供できるという意味では一つのツールにこだわらず、様々なツールを利用していきたいと思います。
こうやってブログを書いていて思うことは、書きながら、考えがまとまっていっているなということです。ツイッターの場合は、ここまで長い文章を書くことができないため、考えがまとまるといった要素はないでしょう。
その点、ブログを続けることは頭の中を整理整頓するという意味でも有効なのかなと思えます。
これからもどちらも両立させながら進めていきます。




